TALES OF CRYING(旧版 ※現在更新停止中)
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 『いつかの何もない朝』

 少し冷たい風で、俺は目を覚ました。

 いつもは二部屋か三部屋くらいに分かれて宿を取るのだが、今日は全員で同じ部屋に寝ている。
 アキは少し恥ずかしがっていたのだが、それはラークとリョウカに押し切られた。
 結局のところ、無駄に部屋を分ける余裕も無く、お金が一番大事ということで全員合意した。

 窓から見える日の高さからすると少々寝過ごしてしまったようだ。
 部屋の中にも人気がない。
 寝過ごしたとは言ってもまだ普通なら朝食の時間くらいだろう。
 どちらかというと、みんなの朝が早いのだ。

 ラークは早朝から剣の稽古をしていることが多いし、クリフはラークより遅くまで寝ていることを嫌って結局似たような時間に居なくなる。
 サーカスの集団行動に慣れていたリアトリスも規則正しい時間に起きる。理由はよく分からないがリョウカも早い時間に起きていることが多い。
 結果、起きるのが遅いのは俺と、アキと、クロウだ。
 三人で旅していた時は気にも止めなかったが、ここに来てその差が出てきていた。

(一人で暮らしてると、つい遅くまで寝ちゃったりしてたからな……)
 集団で暮らしていた人間の方がやはり、規則正しい生活時間が身につくのかもしれない。
 ただ、その理屈で行いくとクロウは統制の取れたスプラウツにいたのだから、もう少し早起きでもいい気がする。
 というか、最初の内は早起きだったのが、段々遅くなっているような気が。

 何をする予定があるわけでもないのだが、みんなより遅くまで寝ているのは少々気が引ける。
 理由はどうあれ、目が覚めたのだから起きよう。


 上体を起こし、左足をついて立ち上が――


 ガシッ


 立ち上がろうとするところをいきなり何かに阻まれ、固い地面の上なら怪我をする勢いでベッドに倒れこむ。
「痛ッ……!」
 しかし、明確な意思の下何かに掴まれた足だけは倒れることを許されなかった。
 転び方が少しでも違っていれば、本当に危ないところだった。
「……離してくれ、クロウ」
 隣のベッドにうつぶせになったままの事故の張本人に言う。
 聞いているのか、いないのか、クロウは微動だにしない。が、その両手も全く緩まない。
 掴んだまま再び寝てしまっているのではないかと不安になる程だ。
 どうしたものかと、周りを見回すとアキも既に起きている事に気付く。
 まだ起きていないのは俺達だけらしい。
 ……いや、というかクロウだけなのだが。
「寝てるのか?」
「……そう」
 あっさり肯定し、起きようともしない。
「俺が立ち上がれないから離してくれ」
「ええー」
 普段のクロウは投げ遣りではあってもだらしない性格ではないのだが、寝起きだと全く動いてくれない。
 これも最近になってますます悪化している気がする。
「何が不満なんだよ」
「いや、起きるのめんどくさいから、起こしてもらおうかと思って」
「それだけ喋れるならもう起きてるだろ」
「いや、起き上がるのが面倒」
 うつ伏せで顔もあげないまま、『立ち上がらせろ』とでもいう様に右手をひらひらさせる。左手は俺の足を離さないままだ。
「ふざけるなよ……子供じゃないんだから」
「年下に子供扱いされるのはカンに障る」
 む、とむくれて顔を上げるクロウ。
「一つしか違わないだろ。というかお姉さんぶりたいなら、こういうのやめろよ」
 俺が呆れた声を出すとクロウの顔がますます膨れた。
「リアトリスはお姉さんと認めるけど、私は認めないってこと?」
「何でいきなり、リアが出てくるんだよ。まあ、その通りだけど」
 何だか会話がおかしな方へ向かいだした。
 リアトリスの事になるとクロウは妙にムキになる事がある。
 クロウは干渉されるのが嫌いだから、世話好きのリアトリスの事が気に入らないというのも分かるのだが。
 だからといって、ここまで対抗意識を燃やさなくても良いのに……と、思ってしまう。
 そういう所がまだまだ子供なのではないだろうか。
「そんなこと言って本当はエッジがリアトリスみたいな大人しいタイプに甘えたいだけなんじゃないの?」
「……そんな訳無いだろ」
どんどん会話が脱線していく。
「これ以上続けるなら、無理やり引き剥がして行くぞ」
 怒りを込めて睨むと、クロウも睨み返してきた。
「ふん、出来ると思ってるわけ?」
 挑発しながら不敵な笑みを浮かべる。

 一瞬の間があって、俺達は同時に動いた。
 俺は右足に全体重をかけて左足を抜こうともがき、クロウは全力でしがみついてくる。
 バランスを崩すのを恐れて無意識に力をセーブしたせいか、クロウにみるみる引っ張られる。
 そんな加減をする余裕などなかったのだ。全力で行かなければ、今のクロウには勝てない。
 布団に引き戻される直前で必死にこらえ、足が抜けた後のことなど考えずに右足で身体を引っ張る。
 その甲斐あってか、一瞬今度はクロウの方がバランスを崩しかける。
 しかし、向こうも更に強い力で引っ張ってきた事で再び拮抗状態に戻る。
 無言のまま、意地の張り合いが続く。
 見れば、力を込めすぎてクロウの顔は真っ赤だ。自分もきっと大差ないだろう。
 もうこれは明らかに普通に起き上がる以上の力を使っているはずだが、その本末転倒な状態にも関わらずクロウは俺の足を離さない。
 そう、これはもはや互いのプライドをかけた喧嘩だった。
 だから、俺も引けない。
 ここで引いてしまったら全てが無駄になる。
 辛うじて目が覚め、朝食に間に合いそうだった事も。
 クロウに起きる様にと諭した努力も、そこに費やした時間も。
 全て敗れ去ってしまうのだ。
 だから、絶対負けるわけにはいかない。
「うおおおおおおおお!」
「はああああああああ!」

ガチャ
「何やってんだお前ら」
 クリフが戻ってきて、俺達のことを呆れた顔で見ていた。
 言葉が出せない。
 よりによって叫んでしまったところを見られた。
「……」
「……」
 クロウも俺も動かない。
 力はお互いもう込めていない。
 ただ、離すタイミングが見つからない。
 とりあえず、クリフの凝視が痛くて目を伏せる。
「何でもいいけど、朝食の時間終わるぞ。急げよ」
 それだけ言い残してクリフはあっさり去っていった。
 気まずい沈黙だけが残り、このままではいけないとクロウの顔も見ないまま声をかける。
「……着替えるか」
「……そうだね」

 どちらからとも無く離れたところで、今度はリョウカが部屋の外の廊下からひょっこり顔を出す。
「あら、一緒に?」
 そんな事を真顔で聞いてくる。
「そんなわけ無いでしょ、何言ってんの」
 クロウは心底嫌そうに顔をしかめるが、リョウカは気にも留めない。
「部屋に二人きりで嬉しかったのは分かるけど、あんまり周りに迷惑かける程はしゃがないでね」

 ぷつん、と何かが切れる様な音が聞こえて、クロウがベッドから躍り出た。
「あら、図星だったかしら。まあイチャイチャしてる所を邪魔されて不機嫌なのは分かるけど程ほどにねー」
 リョウカは涼しい顔で逃げ去り、クロウは無気力さはどこへ行ったのかその後を追って消えていった。
「待て、リョウカ!」
「きゃあ!ちょっとクロウ着替えもしないで何してるの?廊下を走ったら他のお客さんの迷惑だからダメだよ――って、聞いてる?こら、クロウ!」
「リアさん、リアさんも走っちゃ駄目です!」
「ん?何だよやっと起き――どぅは!?」
「クロウ!クリフさんの顔に膝蹴り入れちゃダメ!リョウカさんも、クリフさんを盾にしないで下さい!」
「声が大きいです、リアさん!」

 
 瞬く間に喧騒が起き、離れていく。
「……あれ、何で俺最後なんだ」
 先に目を覚ましたはずだったのに、何でこうなったんだろうか。
 冷静に振り返ろうとしたが、頭が痛くなりそうだったのでやめた。


 おしまい
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