小説
雨露さんより頂き物幻ユニ!

職員室へ行くのってこんなに緊張するものだったかしら、とユニは思う。
そろりと扉を開け、恐る恐る中を覗いた。幸い、すぐ近くに生物教師の入江がいる。


「失礼します…。幻騎士先生はいらっしゃいますか?」

「うんいるよ。幻騎士先生ー、生徒さんに呼ばれてますよー」

「ちょっ…!入江先生声が大きいですっ」



思いの外、入江に大きな声を出されてユニは慌てたが、



「何の用だ」



すぐ近くで聞こえた低音にビクリと震えた。恐る恐るそちらを見るとユニの予想した通り、授業中と変わらぬ無表情な幻騎士がいた。


「も、問題集で分からなかったことがあったので質問しに来ました…」



答えるユニもいつもと違いびくついている。

幻騎士はただ黙って立っているだけなのだが、いかんせん。全く愛想がない。
しかもガタイが良いせいで妙なプレッシャーを感じる。

はっきり言って見た目からして恐い。


しかも彼の場合、恐いのは見た目だけではない。

何しろ初めての授業で、休み時間が終わってもまだ騒がしい教室を「黙れ」と殺気の籠もった一言で静まり返らせた強者である。
その後、生徒全員が記録的な静けさと集中力で授業に打ち込んだのは言うまでもない。

あの時騒いでいなかったので別にやましいことはないのだが、ユニも幻騎士の殺気にビビった一人なので、彼を前にすると必要以上にビクビクしてしまい、しどろもどろになる。

やっとの思いでどこが分からないか全部伝えている間も、幻騎士は黙って聞いている。やはり無表情で。






(…あまり、人とかかわるのが好きじゃない先生なのかしら…?)

だとしたら、ちょっと彼に申し訳ない。




ユニが持ってきた問題集は学校で配布されたものではあるが、今質問している問題は授業で予習や復習に指定されている基礎から応用までの問題ではなく、発展にあたる。
中1の頃からわざわざそんなところを質問しに職員室を訪れる生徒など、ユニぐらいなのだ。


今度から他の先生に聞いた方がいいのかな、と差し出された丸椅子に座って悩むユニの横で、幻騎士は紙を敷く為にそれまで広げていた教材などを片付け始めた。



(……あ、)



幻騎士が手を伸ばした教科書にユニは視線が吸い寄せられた。

まだ真新しい教科書。
そこには次の授業の範囲なのか、びっしりと書き込みがされていた。

解答だけではない。
各問にそれぞれ授業で話すポイントが細かく書かれていた。
そしてその教科書の下には同じような内容、ただし二重線や赤ペンで何度も練り直した後だと分かる紙が潜んでいた。


そういえば、とユニは思い出した。

例の恐怖の授業、すんなりと内容が頭の中に入った気がする。



クラスメイトもそうだったようで、「あんだけ集中すると数学ってわかるもんなんだな」と話していた男子もいた気がする。

確かに、授業に集中していたのも大きいだろう。
しかし先程の教科書と紙を見て、ユニは理解した。

あの時みんなが解けるようになったのは、幻騎士の入念な下準備があったからこそなのだ。





「では、始めるが」

「は、はい!」



サラサラとボールペンで書かれる数式と幻騎士の口から解説が流れだす。
ユニはそれに頷きながら聞き、時折質問した。幻騎士もユニに聞かれた内容に答える。





「――で、この解答になるのだが、何か他に分からないことはあるか?」

「いいえ、大丈夫です」

やっぱり、彼の解説は分かりやすかった。




家で見直せるようにと幻騎士から解説に使った紙を貰った後で、ユニは疑問に思っていたことを聞いた。


「先生は、人に教えるのは好きですか?」

「……好きとまで言えるか分からんが、」

幻騎士はボールペンを挟んだままの指でコツコツと机を叩いた。

「少なくとも嫌いではないのだろうな。そうでなければ教師などという職は選ばん」

「そうですか。じゃあ最後にもう一つだけ」














また今度、聞きに来てもいいですか?







一昨日知らなかったあなたに会いにいく







End






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